知的障害児にとって「五月病」とは?

正確な統計はとっていませんが経験則で述べます。
「五月病」は場合によっては死に至る病です。
特別支援学校高等部を卒業したの同級生5人のうち、5月早々に大きく体調を崩した子供は我が家を含めて2人いました。
この数を多いと判断するのか、少ないと判断するのかは自由です。
五月病に陥ったと想定される経緯を述べます。
まず一般論ですが、学校を卒業し、新しい環境に夢や希望を持って臨みます。
しかしながら、自分の描いたイメージと現実がマッチしないことに焦りやストレスを感じ拒絶反応を起こすことがあります。
五月病とはこの拒絶反応に起因する他人から見て様々なネガティブな現象(例:出社拒否)です。

主人公はどうでしたでしょうか。
4月からは障害者総合支援法における介護給付のうちの「日中活動系サービス」の『生活介護』を受けるため、作業所に通いました。
即ち、3月いっぱいまでは楽しい学園生活をおくっていました。
職場実習はしましたが、それはキッザニア東京のアトラクションと何ら変わりのないものでした。

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本人にとっては準備期間がなく、いきなり新生活を迎えたわけです。
「ちやほやされた生活」に終止符が打たれました。
それまでは、いろいろな仕草に笑っていただいたりして、当意即妙な反応(クイックなレスポンス)があったわけであります。主人公もそれを期待していて、傍から見たら「お茶目な」節がありました。結果、作業所では期待が裏切られたと判断したようです。
すべての行動が無視され、周りの人たちは黙々と作業を続けられました。
主人公のために指導員が加配されたようですが、もともと少ない指導員は主人公ばかりをかまっていられません。
特別支援学校とは違うのであります。主人公は現実を全く理解できませんでした。

情けないことに保護者は毎日喜んで通所している姿に安心し、コミュニケーション能力の欠如を忘れ、ストレスを察知できませんでした。
医学的に解明されたわけではありませんが、遺伝子に「Ⅰ型糖尿病」の因子が組み込まれていたのか、脳からの様々な指令にこの因子が働いたのだと保護者は考えています。今思うと、どんな事情があろうとも生活の急激な変化は避け、ソフトランディングに努めるべきでした。
(テーマ五月病)
2017年3月12日 卒業式の翌日から五月病が始まります(大胆な仮説) 
2015年4月30日 初めてのお給料をいただきました

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